―――AM8:45
「おはようございます!」
続々と出社してくる社員一人一人にはいつもどおり、にこやかに挨拶する。
本来は社員専用通用口が裏にあるため、正面入口から入ってくる社員の数はそれほど多くはな
いはずなのだが、それでも結構な人数だ。
(は知らないのだが、彼女が入社して以来正面入口を利用する人数が増えたと専らの評
判である)
「おはようございます!! 赤木主任!」
「ああ。おはよう、」
その中に、一際大きなシルエットを見止めて、は一段と笑顔を深めた。
「今日もは元気だな」
「そ、そうですか?」
「ああ、お陰でこちらまで元気になれるようだ」
赤木の優しい微笑みに頬が一瞬で熱くなる。
朝から赤木に声をかけてもらえるなんて。
それだけでなく微笑みかけてもらえて、その上会話までしてる。
なんと返して良いものか悩みつつも、は今日の幸運を誰にともなく感謝した。
……と。
「もー、お兄ちゃん、そんなことよりも今日はちゃんに渡すものがあるでしょー?」
の後ろから、赤木の妹でと同じ所属の晴子がひょいっと顔を出した。
営業や他の部署の社員とは違い、総務部庶務課に所属すると晴子は受付業務も兼ねてい
るため、始業時間の30分前には出社していなければならない。そのため、兄妹であっても赤木
と晴子は毎朝別々に出社していた。
既に制服姿の晴子は、わざわざ掃除していた手を止めてこちらへ寄ってきたらしく、手には雑
巾が握られている。
「渡すもの?」
晴子の言葉にが首を傾げて赤木を見上げると、よりかなり上にあるその頬がうっ
すら紅く染まり、目線が泳いでいる。
彼にしては珍しいその様子にが驚いていると、赤木は唐突にずいっとコートのポケット
に入れていた手をに向って突き出した。
「……な、なんですか?」
仰け反り気味になりながらも、目線は赤木の手に握られた小さな紙袋へ。
「手を出せ、」
「は、ハイ…?」
おずおずと差し出した両手の平に乗せられたそれと赤木の顔とに交互に視線を向けると、「開
けていいぞ」と視線を反らせたまま言われた。
「……わ、ぁっ」
それじゃあ、と開いた紙袋から出てきたのは、淡く優しい色合いの金平糖。それも、京都にあ
る有名な金平糖専門の和菓子屋の屋号が袋に印刷されている。
思わず声が出たのは、それがの大好物だからで。
「今日はの誕生日だろう」
「良いんですか?」
「ああ、大した物じゃないが」
途端にキラキラと目を輝かせたの様子に満足したのか、赤木が穏やかな目で頷く。
「ありがとうございます。これ、大好きなんです!」
「そ、そうか」
「良かったわね、お兄ちゃん。ちゃんに喜んでもらえて」
にやにやと笑む妹に「揶揄うな」と言い置いて、赤木は足早に行ってしまった。
その後姿からでも見える項と耳が赤くなっていることに気付けたのは晴子だけで、はと
いえば胸が一杯一杯らしく手の中の金平糖を見つめたまま固まってしまっている。
「お兄ちゃん、一週間も前からちゃんの誕生日どうしようかって悩んでたのよ。いっそ
食事にでも誘えばって言ったんだけどね。甲斐性なしな兄でごめんね……って、聞いてる?」
「……え? な、なに?」
全く耳に入っていなかったらしいに苦笑して、
「さ、今日もきりきりお仕事しましょうか!」
晴子はばしっとの背中を叩いた。
―――PM13:30
ローテーションで回ってくる受付の担当日は、正午ジャストに食事に行く事は出来ない。大抵
打合せ等で午前中に来社した客が昼過ぎまで居残っている為だ。それらの客が帰るのを待って
漸く食事に出られるわけだが、受付を空にするわけにはいかないので、受付担当の二人の内の
どちらか一人が先に食事に出て、もう一人はその帰りと入れ違いに出なくてはならない。
そろそろ先に出た相方の晴子が帰ってくる時間だと判断して、は出かける準備を整えた。
といっても、財布を小さな袋に入れて、制服の上に羽織るカーディガンを机の引き出しから出
すだけなのだが。
「お待たせ」
そうしている間に晴子が戻ってきた。
他の社員と違い、彼女は時間をオーバーして戻ってくる事はほとんどない。
あまり外見は似ていないが、こういうところを見るとやはり赤木と兄妹なのだな、と妙に実感
してしまう。
「おかえり。じゃ、後はヨロシク」
「行ってらっしゃい」
簡単に今来社中の客や使用中の打ち合わせブースの引継ぎを済ませて、は席を立った。
「さん」
通用門を出たところで後ろから声が掛かった。
少し低めで穏やかな声は振り向かなくてもそれが誰だか判る。
「神さん」
名前を呼びつつ振り返ると、予想通り、営業部の神がこちらに駆け寄ってくる所だった。
「さん、今から食事?」
「はい」
「神さんは?」
「俺も同じ」
神はに追いつくと、当然のように隣を歩く。
一緒に行こう、とは言わないが、この流れからすればそうなる事は必然だ。
相変わらず上手いな、と思う。
神はいつも穏やかな表情と口調で、強引な事は滅多に言わないくせに気がつけば逆らえない流
れを作っている。そしてはそれに逆らえた事は一度もないし、意外とその流れが心地良
いことも知っていた。
「さんも大変だよね、こんな時間まで昼休憩取れないなんて」
「んー、でも当番の日だけですから。精々週イチくらいですし。神さんこそ、いつもお昼の時
間って不規則でしょう? 大変ですよね」
「そうだね、今日は特にキビシかったなぁ」
「?」
「実は、今朝寝坊しちゃったんだ。で、朝飯抜きで出社したもんだから、もう10時位から腹
の虫が騒いで騒いで。打ち合わせ中とか、どうしようかって思ったよ」
大袈裟に嘆いてみせる神に、つい笑ってしまう。
「じゃあ、今日はボリュームのあるトコロに行かないと」
「そうだな、……とか、どう? 奢るよ」
「え?!」
神が出した名前は会社の重役連がよく利用する店で、味は良いのだが値段の方も相当する。
それを軽く「奢る」と言われたのだから、が驚いたのも無理はないだろう。それも給料
日前であるにも拘らず。
目を見開いて神の顔を見上げると、神もまたをじっと見つめていた。
「誕生日おめでとう」
にこっと微笑まれて、知らず頬が赤くなる。
「…ありがとうございます」
「じゃ、行こうか」
照れて視線を逸らせたに神はふっと笑んで、の手を取った。
「神さん?!」
「ん?」
「あ、あの、手……」
「さんがはぐれて迷子になったり転んだりしないようにね」
そんなのしない!
……と言いたくても、何故か神の笑顔を前にすると言葉になって出てこなくなる。
代わりに顔の温度がどんどん上昇していって、湯気が出そうだ。
「俺ね、好きでもないコの誕生日を祝ってあげるような博愛精神は持ち合わせてないから」
ぎゅっと手を握られてそんなことを耳元で囁かれて。
いっそ倒れてしまいたい。
切実にそう思った。
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夢的SD妄想家族『昼』。
神さん攻めます!(笑)