珍しく待機だけで任務要請のなかった日もとっぷりと暮れ、折角だから愛しの彼女
(但し、今のところ一方通行)の所へでも押し掛けようかと後の予定を考えつつも
先ずは汗を流そうと自宅のドアを開けた途端、


「Trick or Treat!」
「…………は?」


その愛しの彼女が飛び出してきた。









Trick and Trick!









「は? やなくて、Trick or Treat! お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ!」
「いやいや、わざわざ日本語にしてくれなくてもそれくらいは解るから」
「そうなん?」
「ま、それくらいはね。…じゃなくて、何やってんの?」


真っ黒なキャミソールワンピに珍しく唇を赤く彩ったその姿はひどく魅惑的だが、
普段化粧っ気の乏しい彼女らしくもない。
だが、は「良くぞ聞いてくれた!」とばかりに満面の笑顔を浮かべた。


「女吸血鬼!」
「あー、それ吸血鬼だったんだ? でも牙がないよね?」


の上唇を親指でうにっと持ち上げてみても、そこには肝心の尖った牙は見あ
たらない。
覗き込む振りしてこっそり唇の柔らかさを楽しんでいたら、「やめい」とすぐに払
われてしまった。


「だって、牙つけてたらカカシさんから貰うお菓子食べられへんやん?」
「……貰うこと前提?」
「悪戯されたいん?」


にっこり笑うは可愛さも全開だが妙な迫力も全開。


「いや、遠慮しときマス」
「やったらお菓子、ちょーだい?」


両手を揃えて差し出され、小首を傾げて見上げられ、そのあまりの可愛らしさに一
瞬でれり、とやに下がる。が、可愛い吸血鬼にお菓子を貢ぎたくとも甘いものが苦
手なカカシ宅にそんなものがあるはずもなく。


「……んじゃ、悪戯決定やね」


キラリン、と瞳を光らせたの手には、どこから取り出したのか小さな銀色の
ボトルがしっかりと握られていた。












「な?!」
「おう、来たか」


10分後、ともども連れ立って外へ出たカカシは、目玉が飛び出んばかりに目
をひん剥いて驚くことになった。
長い忍者生活の中でもこれほど驚いたことはなかっただろう。


カカシのアパートの前には数人の同僚たち。
―――彼らが集まってること自体珍しいが、それはまだいい。


彼らがほぼ全員、見たこともないような珍妙な格好をしている。
―――これもまだマシだ。


「さくっと次行くぞ」
「ア、アス……マ?」





白いフリルブラウスにレースのついた赤いスカートと頭巾姿のアスマに比べれば。


「おう、なんだ」


これで恥ずかしがってくれてればまだしも、何事もないような態度がまた困る。


「アスマ…? まさかそういう趣味があるとか言わないよ、ね?」
「あぁ?」


質問と言うよりは懇願の色が濃かったが。
カカシがそれを口にした瞬間に振り返ったアスマの顔は凶悪犯も裸足で逃げ出すほ
どだった。
がしっと襟首を引っつかみ、


「てめーが言えんのか、あ?」


地を這う低音ボイスで凄まれるものの、


「……アスマ、ごめん。その顔で近寄って欲しくない……」
「………」


まともに直視できないカカシの真剣なお願いに、アスマも自覚はたっぷりあるらし
く黙って手を離す。

が。

カカシとて人のことを言えた格好ではない。

全身銀灰色の毛に覆われ、頭の上にはぴんと尖った耳、長い鼻面、ふさふさのしっ
ぽ。どこからどう見ても


「…犬?」
「オオカミ!」


首を傾げたカカシにはむきーっと反論し、さらに首から「オオカミ」と書か
れたプレートを下げる羽目になってしまった。
……ま、自業自得ではある。


「成る程な、二人揃うと『赤頭巾ちゃん』ってわけか」
「そうやねん。この二人やったら絶対お菓子なんて用意してへんはずやし。も、狙
いどーり!」


何故か千本を咥えた巨大なパンプキンヘッドの頷きに、も満足げに笑う。


「っていうか、何なのこの騒ぎ。アスマもよくそんな格好したね。いくらちゃ
んのお願いとはいえ」
「うっせぇ! これは不可抗力だ」
「は?」


アスマは煙草に火をつけて深々と煙を吐き出した。

いつもと変わらぬ仕草。

しかし、煙草を取り出したのは忍服のポーチからではなくて赤いスカートの前ポケッ
トからというのがまた力が抜ける。カカシはアスマから巧妙に視線を逸らしたまま
訊ねた。


「どういうことよ?」
「…カカシ、お前自分がどうやってその格好させられたか覚えてるか?」
「どうって…自分で……って、あれ?」


どういうことだろう?
確かに自分が着替えた覚えがあるのだが、その記憶が酷く曖昧になっている。
まるで寝惚けながら着替えたかのように細部が思い出せない。

そしてその代わりのように、はっきりと記憶に残る甘やかな薫り…


から花の匂いのするスプレーを嗅がされたのは覚えてるな?」
「ああ、うん。悪戯決定!って言われて噴き付けられた」
「ソレな、つい最近が開発した即効性の睡眠導入剤なんだと」
「はぁ?!」
「元々は不眠症の治療のために研究してた薬らしいが、ほんの微量を吸入しただけ
ですぐに催眠状態に陥っちまうんだと。でもってその間に与えられた暗示はかなり
強烈に被験者に残っちまうってんで、任務の役に立たないかと五代目にが提
出したらしい」
「不眠治療の薬がどこをどう間違ったらそんな危険な薬になるってのヨ…」


がっくりと肩を落としたカカシに、煙草のフィルターを噛み潰すアスマはそれでも
そっけなく。


「俺に聞くな」


女装させられた俺よりはマシだろうがとの一言は、悔しいので胸にしまう。


「……で、俺たちがたやすくこんな格好をして、しかもソレを受け入れてるってこ
とは……」
「薬には耐性のある忍者にこの新薬がどこまで有効か確認したいんだと、五代目が」
「それって人体実験でしょーよ!」
「あ、その点は大丈夫!」


カカシが叫ぶと、がくるりと振り返った。


「ちゃーんとテストを何度も繰り返して、精神的にも肉体的にも人体に害のないこ
とは確認済みやから」
「……でも、ソレって動物実験で、デショ?」


だから安心して、と微笑むに、それでもカカシは恨みがましい視線を送る。
しかし、予想に反しては首を振った。


「んーん、ちゃんと人体で試したってば。ほら、全然元気やろ、私」


とにっこり。


「………って、おい!」
ちゃん自分の身体で試したってこと?!」
「うん」


あっさり頷く


「うん、じゃねぇだろ! そんなことして万が一のことがあったらどうすんだよ!」
「そーだよ! ちゃんは忍者じゃなくてただの民間人なんだよ?」
「えー、だって、自分が作った薬でアスマさんやカカシさんたちに悪影響が出たら
嫌やん」


あるのは自分の薬に対する信頼と自負だけで、他には何の含みも裏もない笑顔でそ
んなことを言われたら。


「……ずるい」
「何も言えねぇだろうが」
「言えないよねぇ?」


木の葉が誇る上忍を二人も黙らせてしまったは、その凄さには一切気付かず
に、「さて、次行こーか!」元気一杯拳を振り上げた。


「ったく、色気の足りねぇ吸血鬼だ」


呆れたように呟くアスマの口元には、それでも笑みが隠し切れずに零れて。


「だよねぇ。でも、ま、そこがかわいーんだけど」


珍しく露出したカカシの目は二つとも、弓なりに細められていた。















「で、次は誰なんだよ?」
「えーっと、……ああ、ガイだな」
「何?」


白い包帯をみっしり巻かれた指で器用にリストを繰ってみせた透明人間は、渋い声
でアスマの問いに応じた。
途端、ぴくりとカカシが反応する。


ちゃん」
「ん?」
「ガイの奴に着せる衣装ってどんなの?」
「んー? イビキさん、何でしたっけ?」


透明人間は更にもう一枚、ぺらりとリストを捲って答える。


「ガイは……白雪姫となってるな」
「………ほう?」



にやり、と邪な笑みを見せたのはアスマ。
……だけではなくて、カカシの目もぎらんと光っている。




「急ぐか」
「アイツのことだから、ハロウィン自体知らないよね、絶対!」
「おっ、なんか二人とも急にやる気やね!」


お祭りは盛り上がらないとね!
分かっていないに笑顔を返す上忍二人を生暖かい目で見守りながら、特別
上忍たちもまた、新たな犠牲者の下へと逸る足を抑え切れないのだった。












そして数分後。


「ウギャーー?!!」


星降る夜空に新たな奇声が響き渡ったのだった。













fin……?



<あとがき>
ガイのあのツヤツヤオカッパヘアーなら白雪姫が似合うと思うのですよ!
(言いたいことはそれだけか)

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『カカシ生誕祭&アスマタン2005』にコラボ作品として提出させて頂きました。