鋭敏すぎる耳に聞こえるのは、木々を渡る風の音。
虫達の落ち葉の裏を這い回る足音。
仮面にぶつかる程に荒く乱れた己の呼吸音。
ドクドクと煩い鼓動。


それだけ。


他に聞こえるものは何もない。
眠りについていたであろう森の動物達は先程までの戦闘で逃げ去った。
『元』敵達はもう何の音を発することなくの足元に重なり倒れて
いる。そこには敵だけだ。味方はいない。
自分が対峙した敵の数を、戦闘中は把握していたけれど、倒した端から
忘れていった  それでも思い出そうとすれば克明に反芻できるのだろ
うけれど、今はそんな気分でもない。


返り血と、己の流した血に身体を斑に染めながら、は一人ぽつん
と立ち尽くしていた。


    卯面。そっちは片付いたか?


インカムから雑音まじりの音が流れてくるまで。










そこに君がいてくれる。











自宅待機1週間。
それが報告を終えたに下された命令だった。
「それが嫌なら入院1週間」とは、五代目火影の言だ。
要するに、相次ぐ任務で疲労が甚だしい上に今回の戦闘で負った傷が結構
な深手だったというわけで、どちらにしても1週間安静にしていなければ
ならないのならそれは病院よりも慣れた我が家を選ぶのは自明のこと。
いつもより重く感じる身体とマントを引き摺って、寝静まった里の中を駆
けるのではなく歩いて帰途に着いた。

微妙に懐かしく感じる玄関のドアを開け、家内に足を踏み入れる  とい
うよりは、雪崩れ込んだ。


「う、わー。ひろうこんばい、だ」


こんぱいの「ぱい」ってどんな字だっけ?
なんか画数多くってややこしい字だよねー。
呂律も回っていなければ頭の中も回っていない。
益体もないことを考えるでもなしに考えながら壁に体重を預けてずりずり
とその場に座り込んだら、もう、二度と立てないんじゃないかというぐら
いに地球の重力を感じた。


「あー……だめだ。このまま、だと、寝る」
「そんなことしたら血が乾いてお肌が荒れちゃうでしょーよ」


折角お肌だけは綺麗なんだから。
「だけ」を強調してにこにこ見下ろしてくるその男をはのろのろと
顔を上げて睨みつけるけれど、効果なんてあるはずもない。


「ふほーしんにゅう」
「いつものことでしょ。……に、しても漢字で言えないほど疲れてるんだ
ねぇ、可哀想に」
「んー」


なでなでなで、と頭を撫で回すその手の感触には思わず目を細めて
頭を摺り寄せた。


ちゃんはほんっと、猫みたいだよね」


くすくすと笑うその声すら、今は心地よくて眠りを誘う。


「あ、こら。ここで寝ちゃダメって言ってるでしょーよ。とにかくお風呂
入って、ご飯食べて、おねむはそれから。ね?」


幼子に言い聞かせるような口調は気になるが、彼が言ってることの正当性
は理解しているは、むー、とうなり声を上げて両手をそろそろと差
し出した。


「……何?」
「たてない」
「はいはい……」


溜息を疲れると同時に抱き上げられて、風呂場に直行する。
「そこまで頼んでない」と文句を言えば、「どうせ途中で力尽きて寝るで
しょうが」と返された。否定できないのが悔しい。


「はい、とーちゃーっく」


からりと開けられた浴室内には、程よく湯気が充満していた。
適温設定されたお湯が張られ、見るからに気持ち良さそう。

……もう、ツッコム気力もない。


「じゃ、くれぐれもお風呂で寝ちゃわないよーに!」
「はーい……っ!」


返事もそこそこにマントを脱ぎ捨て……ようとして、腕に走った痛みに肩
を滑り落ちるそれを掴み損ねてしまった。『ゴトッ』とおよそマントらし
からぬ音がしたのは、その中に色々と装備を隠しているせいだ。


「っ、……あー、しまった」


床に傷が付いてしまっただろうか。
気にはなったが、それを拾い上げることさえ出来そうにない。
諦めて溜息を付くのと、一旦締まったドアがもう一度開くのとは殆ど同時
だった。


っどうした?!」
「あー……おとした」
「落としたって……お前ね」


カカシは落ちたマントと、それによって露になった暗部装束へと視線を走
らせて、ただそれだけで事情を察したらしかった。


「怪我は?」
「ふさいでもらったから、へーき」
「…つまり、傷を塞いだだけで痛みは残ってるわけね」
「ごめーとー」
「それで、そのカッコのまま着替えもせずに帰ってきた訳が分かったよ」


里の人に見られなくて良かったね。見られてたら大騒ぎだよ。
言われて見下ろせば、白い胸当てにこびりついた汚れが乾いて赤黒く変色
している。
アンダーも黒いから見えないだけで、相当な汚れっぷりのはずだ。


「あー、うん」


確かに、一般人には刺激が強すぎるかもしれない。
自分はもう慣れてしまってなんとも思わないけれど。


「脱がせてあげようか?」
「……え?」
「腕、上がんないんでしょ? 力も入らないみたいだし、装備外すのも出
来ないんじゃない?」


言いながら、カカシの手は既に胸当てのベルトを外しに掛かっている。
全てのプロテクターを外すと、次は床にわだかまるマントの中からクナイ
を取り出して、手際よくアンダーを切り開いていく。


「ちょっ、こらーっ」
「どーせもう着れないよ、これ」
「………そーだけど」


ざくざくと切り取られていく装束だったものと、その切れ端を生産するカ
カシの手つき。
あっという間には下着だけの姿にされて、でもカカシの手はそこで
いきなり止まった。


「…カカシ?」
「あ…いや、その……」
「?」
「このまま……脱がしちゃって、いーの?」
「……って」


何を今更。


「ここまでぬがしておいて」
「や、そーなんだけど……ね。うん」


鏡に映るカカシの顔は耳まで赤くて。
さっきまでの強引な態度とのギャップに笑いがこみ上げてくる。
……正直言って、肘を入れられた肋骨が痛むからあんまり笑いたくはない
のだけれど。


「……なーに笑ってんの」
「んー?」


一転してぶすくれた顔に鏡越しに笑いかけて


「カカシー」
「何よ?」
「ぬーがーしーてー」


はやくー。ねるぞー。
子供のように強請るとカカシは呆れたように笑った。


ちゃん、ついでに俺に風呂入れてもらおうとか思ってなーい?」
「よくわかったねー」
「……それって襲ってもいいってこと?」
「あー、ざんねーん」


少しばかりトーンの落ちた声にけらけらと声を上げて笑って。


「いっしゅうかんあんせーなの。ほかげさまのめいで」
「……マジで?」
「まじ」




だからとりあえず、シタゴコロなしで抱き締めて?
「生殺しかよ…」の呟きは、聞かなかったことにしてあげるから。









fin.

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『ヘタレだけど包容力抜群なバカカシ』←このハナシのテーマ。
誕生日全然関係ないけど気持ちだけは祝ってます!
(毎回言ってる・・・)

カカアス+ハヤ誕07様のお題だったんですが……お題提供サイト様を失念。
ついでにお題もなんだったかすっかり忘却の彼方。
(UPするのが遅くなるとこうなる)
なのでこっそりタイトルを変更しております。すみません・・・