なんで、私はここにいるの?
飛行機に、乗っていたはずだった。
念願だったエジプト旅行。ピラミッドに上って、スフィンクスと写真を
撮って、カイロの美術館にだって行くんだって、あんなにうきうきしな
がら準備して、意気揚々とシートベルトを締めたのに。
覚えているのは激しすぎる耳鳴りと頭蓋骨が割れたかと思うような頭痛
だけ。
「……目が覚めたかね? 異世界の娘よ」
次に目を開けたとき、私は天蓋つきのやけに広く豪奢なベッドの上に寝か
されていた。
The Point of no return
「様! どちらにいらっしゃいます? 様、お返事を下さい
ませ!!」
世話係の侍女さんが呼ばわる声が聞こえるけど、ここは無視させてもらう。
侍女さんには悪いけど、着せ付けてもらったドレスも男物のズボンに着替
えてしまった。
窓の外の張り出しに足をかけて、侍女さんが通り過ぎるのをじっと待つ。
それほど時間を置かなくても、侍女さんはあっという間に走り去ってくれ
たので、また窓枠を乗り越えて廊下へと戻った。
流石に窓の外からそのまま壁伝いに下まで降りる度胸はありません。
人の気配を探りながら、こそこそと廊下を進み、目当ての扉の前に辿り着
いたときには嬉しくてにまにま笑いが止められなかった。
「ラーサー! お待たせっ、さぁ行こう!」
ドアをノックなんてしない。
だってずっと前から約束してたんだもん。
それに私はある意味無礼講というか、何故か王宮の殆どの場所へのフリー
パス権を与えられている。
が。
「ほぅ…? 我が姫はどちらに行かれるおつもりかな?」
勢い良く開けたラーサーの部屋の無駄に重厚な扉の向うには、いるはずの
ラーサーの姿はなく、代わりに私にフリーパスの特権を与えた張本人であ
るヴェインが、いた。
笑顔を浮かべながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
けど、
「ヴェ、イン?」
「どうした? どうして私から逃げるんだ?」
「や、だって…」
アンタの笑顔が怖いんだってーの!
けど、いくらだだっ広い部屋の中とはいえ、限界はあるわけで。
あっという間に壁際に追い詰められてヴェインが壁についた両腕の中に閉
じ込められてしまった。
「つれないな、我が婚約者殿は」
「い、いやいやいやいやいや、ヴェイン近いっ! 近いよ、顔!」
「は顔が赤いな」
そりゃそーでしょーよ!
イイ男に迫られて平常心でいられるほど枯れてないって!
「揶揄わないでよ、もー!」
必死で胸に手をついて押し返そうとしてもびくともしない。
優男っぽいのに、鍛えてるのが服越しでもわかって余計に顔が熱くなる。
ちゅっというリップ音がするのと同時に柔らかい感触が額を掠めて、身体
がびくっと震えてしまった。
くつくつと笑う声が身体を伝って響いてくる。
「ヴェイン!」
「本当に可愛いな、は」
「……笑いながら言われても嬉しくない」
「まあ、そう怒るな」
宥めるように大きな手が髪を撫でる。
意外と不器用な手つきなのに、何故だか私は彼にこうされるのがお気に入
りとなってしまっていて、膨れていた機嫌はあっさり元に戻ってしまうの
がなんだか悔しい。
「……で? はラーサーとどこへ行くつもりだったんだ?」
私に無断で。
私の機嫌が直ったと見るや、すかさず話を元に戻してくる辺り、かなり根
性が悪いと思う。
逆らうに逆らえないから。
「え、とぉ……」
「?」
「……ゴメンナサイ街に行くつもりでした」
「街へ? 何をしに?」
何をしに…?
特に用はなかったんだけど、ラーサーがお忍びで行くって言うから、私も
連れてってもらおうと思ったのよね。
「何だろう……お買い物? ウィンドウ・ショッピングとか」
この返事は予想外だったのか、ヴェインはちょっと驚いた顔をした。
「何か足りないものでもあるのか? そうなら侍女に一言言えば…」
「そうじゃなくて! 他愛ないちょっとしたものを見に行ったり、ちょっ
と気になったお店を冷やかしたり、そういうのがしたいなぁって」
「共の者もつけずに?」
「……ラーサーがいるし、ラーサーの護衛の人だっているでしょ?」
「ラーサーの護衛官はラーサーを守る為にいるんだが?」
「誰もこんな小娘襲ったりしないって」
心配性だなぁ、ヴェインは。
確かに私みたいなアジアンな顔つきはこの世界じゃ珍しいかもしれないけ
どさ、だからって別に美人でもないし金持ちそうにも見えないだろう私を
一体何処の誰がわざわざ襲うって言うのか。アルケイディスみたいに治安
の良い街で。
そうヴェインに訴えると、
「……君は自分の価値をまだ良く理解していないようだな」
とっても渋い顔で言われてしまいました。
価値……私の価値、ねぇ。
「…ああ、あれ? 帝国の皇太子様の婚約者だから営利誘拐されるかもっ
てこと?」
「加えて、名家ブナンザの養女でもある」
「そんなの、言わなきゃわかんないって」
大体、養女になったのもヴェインの婚約者になったのも、こっちの世界に
飛ばされた私を発見・保護してくれたシドおじさんが、私の身元を保障す
るためと、何かと詮索されないようにってことでヴェインと協議の上で決
められた形式上のことに過ぎないんだから、一般に私のことは公表されて
もいないし、顔だって知られてない。
ブナンザの紋章入りのドレスとか着てるならまだしも、普通のズボンに着
替えた今、私が重要人物(形だけだけど)だなんて分かるはずないのだ。
「それでも、敢えて危険に身を曝す必要はありますまい」
低くて耳障りの良い、なのに鎧に篭った声が私の反論を封じた。
それが誰か、何て振り向くまでもない。
「……ガブ」
「…っ、すみません見つかってしまいました」
厳しい鎧の傍らで、ラーサーが身体を小さくしてこっちを見ていた。
「気にしないで。ガブが相手じゃ仕方ないよ。……こっちもヴェインに見
つかっちゃったしね」
「……そのようですね」
苦笑を交し合ってると、ガブに名前を呼ばれた。
「様、侍女殿が先程から様を探し回っているようですが」
「あー、まぁ、逃げ出してきたしね」
「……様」
あらら、ガブに溜息を吐かれてしまいましたよ。
「や、でもねっ、今日のお稽古事はもう全部終わったのよ! 勉強もちゃ
んと終わらせてるし、今は私の自由時間なの!!」
だから何をしてても私の自由のはずよ!
誰にも文句は言わせないわっ。
「……それなら止める理由は見つからないな」
「ヴェイン、本当?」
「兄上っ」
「ヴェイン様、しかしっ」
三者三様に意気込んだ私たちを制するように、ヴェインはほんの少し右手
を持ち上げた。
たったそれだけの仕草で勢いが殺されてしまうんだから、ヴェインって本
当に『為政者』だよね、と妙に実感してしまう。仰々しく演説してるとき
よりも、こういう些細な仕草にその人の性質が出るんじゃないかと思う。
「ただし、ジャッジ・ガブラスの推薦する護衛官を同行させることが絶対
条件だ」
「ええーーっ!」
それじゃあ意味ないじゃん……。
がっくりと肩を落とした私に、だけどヴェインはちゃんと餌を与えること
を忘れなかった。
「そう嫌がるな。ちゃんと護衛官さえ同行させるなら、来月のラーサーの
ピュエルバ訪問に一緒に行かせてやるぞ?」
「ほんとっ?!」
「ああ、私は暫く忙しくてあまり構ってはやれないからな」
「きゃーっ! ヴェインありがとう!!」
「、すごい!」
「じゃあ早速街で旅に必要なものを仕入れなくっちゃね!」
「まずは大きな鞄ですね。街一番の鞄屋へ行きましょう!」
「シドおじさんにも報告しなきゃ!」
浮かれすぎた私は、ガブラスがこっそり頭を抱えているのに全く気付くこ
とはなかった。
next.
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やってしまったFF12夢。
とりあえず、お相手未定。逆ハー予定です。