「空気が甘い」
ぺろりと見えない何かを舐めとる仕草をしたら、
「嫌なら出てけ」
が苦い苦い顔をして一言返した。
隣でロードがけたたましく笑った。
carpe diem
何をやってるのかと必要もない質問を口にするのは構って欲しいから。
だけどこの空中に漂う甘い匂いに答えなどわかりきってるだろうと
は冷たい一瞥をくれただけで、中断していた作業に戻る。
遠近感など無視した広い広い部屋の真ん中にどん、と鎮座するこれまた常
識外れに大きなテーブルの上には、既にオーブンで焼かれて熱が冷めるの
を待っているビスケットやカップケーキの数々、生クリームに覆われたデ
コレーションケーキはウェディング用かと思うほどの巨大さで鎮座ましま
している。
「これ、全部が作ったの?」
「そだよ〜ぉ」
「ロードも一緒にね」
ね〜?っと笑顔を交し合う2人はまるで仲の良い姉妹のようで微笑まし……
くもないこともない。
が、はともかくロードの本性を知ってしまってる身としては、どう
にも薄ら寒いというか微妙に嫌な予感がするというか。
だもんで、ロードの「僕は飾りつけしただけだよぉ」という言葉を聞いて
こっそり安堵した。ロードは謙遜なんてするガラじゃないからな。
「しっかし、こんなに大量に作ってどうすんだよ?」
「知らな〜い」
「日持ちするものが大半だし、そうじゃないのはスキンが食べるでしょ?」
「…スキンにやんの?」
ええ、と頷くに俺もロードも渋い顔。
「あの人なら、これくらい軽いんじゃない?」
「かもしれないけどさぁ……アイツにやるのは止めね?」
「どうして?」
「どうしてって……」
別にアイツが嫌いって訳じゃない。家族だし。
けど、アイツはを嫌ってる。「人間との混血」「半端者」「一族の
恥」etc...、アイツにそんなにボキャブラリーがあったんだな、って感心
するくらい、の顔を見ればそんな風に呼びやがる。
……まぁ? スキンは受け継いだのが『怒り』なだけに仕方ないとは思う
わけだけど、それでも我慢の限界ってモンがこの世の中にはあるわけで。
一度シメとかねぇとな、とロードと協議の上合意に至ってることは
にゃ内緒の話だ。だってに言うと絶対怒られる。
でもってその後に自分を責めるんだ。
自分のせいで俺たちが喧嘩したって。
表面上は無関心なふりをして、誰もいないところで悲しむんだ。
俺もロードもが大好きだから、悲しませたくはない。
だから、内緒にするわけだ。
「そういえば、千年公も食べるって言ってたよぉ」
「へ? 公も食べるって?」
「うん」
「頂きマスv」
「うわっ! いたんスか?!」
「さっきから居ましたヨv ティキぽんが気付かなかっただけデスv」
ああ、びっくりした。
て言うか、いきなり俺との間にその顔割り込ませるの勘弁してよ。
本気で怖いからさ。
ばっくんばっくん跳ね回る心臓を落ち着けてる間にも、公はナプキンを胸
に挿し、が切り取ったアップルパイをナイフとフォークでお上品に
ぱくついてる。
ちょっとちょっと、何での手料理を俺より先に食べてんですか。
抗議したら「んモゥ、ティキぽんはヤキモチやきさんデスねェv心配しな
くても私の愛は平等デスヨv」って、そうじゃねーっつの!
「うーん、美味デスv は本当にお料理上手デスね〜v」
「お粗末さまです」
公の賛辞を軽く流して、はまたオーブンに向き直る。
おいおい、どんだけ作ってんだよ。
数秒間呆れて眺めて。
で、気がついた。
「あー…ロード、千年公」
「なに〜?」
「何でショ?v」
振り向いた二人に「悪ぃ」と両手を合わせて拝んだ。
「ちょ〜っと席外してほしいなぁ、な〜んて」
言った途端に盛大なブーイング。
ま、予想してたけど。
それでも口では文句を言いつつ意外と素直に出てってくれたあたり、やっ
ぱ二人も何となく察していたんだろう。
つまりは俺に一任されたって事だ。
「期待には応えないといけないよなぁ、?」
「何のこと?」
「こっちのこと」
首を傾げるに近付いて、その細い身体に腕を回した。
ぎゅうっと抱きしめるとの匂いがして幸せな気分になる。
「…ティ、キ?」
「んー?」
ああ、柔らかいなぁ。気持ちいい。
くすぐったいような幸せな気分に浸りつつ返事をすれば、は呆れた
ように微笑って、……それからほぅっと息を吐いた。
ついでに俺もつられて溜息吐いちまう。
と、「なんでティキまで溜息付くの」がクスクスと笑った。
「ん〜? が肩の力抜いたから、かな」
「………ごめん」
「いや? いいって、別に。が気ィ抜けるのって俺の腕の中だけ、
それは俺の特権だろ?」
「ん」
胸に顔を押し付けてるせいでくぐもった声でまた謝ったに謝るなと
繰り返しながら、の様子に気付けた自分に安堵する。
胸の内に溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように何かに熱中するの癖
は知っているけれど、普段から色んなことにハマリやすい性格してっから
分かりづらいことこの上ない。
ま、それでも今まで一回も見過ごしたことがないってのは、俺の自慢だけ
どな。
「ティキ」
「ん?」
「ティキ」
「はいよ」
何度も名前を呼ばれて、その度に返事をして。
暫くそれだけの遣り取りを続けていたら、段々間隔が空いていって。
ぎゅっと抱き付いてきていた腕の力が完全に抜け切ったころには、
は身体を俺に預けて可愛い寝顔を曝していた。
「…可哀相になぁ、よっぽど溜め込んでたな、こりゃ」
生真面目な性格の彼女には、今の生活はストレスが溜まるのだろう。
よっと小さい掛け声とともにの身体を抱き上げると、外で待ってた
ロードと公に声を掛ける。
二人が盛大に菓子をたいらげ始めたのを尻目に、俺は無防備に眠るお姫様
をベッドへ寝かせるべく部屋へと急いだ。
あの様子じゃ、明日にはの作った菓子は一欠けらも残ってないかも
しれないな。
の隣に身体を滑り込ませているときに、そんなことをふと考えたり
してちょっとだけムカついたりもしたが、今はを夢の中まで抱き締
めに行くことの方が重要だと思いなおして目を閉じた。
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carpe diem=今を楽しめ
在りし日の幸せだった風景