闇。
どこまでもどこまでも続く。
The Life in the Dark.
嗅ぎ慣れた臭いに意識が引き戻された。
「…っつ」
意識が戻った途端に感じた痛みに更に意識が明瞭する。
どうやら椅子に座らせられているらしい。
堅い木の感触がする。
周囲は薄暗いが、視界が利かないほどではない。
痛みのしたほうへ目を向ければ、蝋燭の光に照らされて両の太ももにべったりと黒
い染みが広がっていた。
鼻を突く鉄錆臭いそれは、確かめるまでもなく自分の血だろう。
「動けないだろ?」
が溜息をついた、その思考を読んだかのように楽しげな声が掛けられた。
大怪我をしている相手を前にしているにしては場違いなほどに楽しげだ。
「無理はしないほうがいいぜ。無駄だから」
その声を聴いただけで、相手が誰かなんて考えなくても判った。
「ティキ・ミック…」
「当たり」
のろのろと上げた顔の先には、タキシード姿の、敵。
先程とは違う意味で溜息が出る。
「おいおい、傷付くなぁ。ヒトの顔見た途端にそれかよ?」
「 誰がヒトよ?」
ジロリと睨みつければ、ティキは唇を歪めて微妙な笑みを浮かべた。
「俺だってヒトさ。あんたらとは違う種族ってだけの」
「アンタはヒトじゃない」
「酷ぇな。だったら俺は何よ?」
ちっとも酷いと思ってないのがわかる。
それどころかこの会話を楽しんでいる。
一体何が楽しいのか、にはちっとも解らないが。
「なぁ、? オマエにとって俺は一体ナニ?」
「決まってる。 敵よ」
ノアの一族の一人。
倒すべき人類の敵。
達エクソシストの天敵。
ティキはくくっと喉を鳴らした。
「敵……ねぇ?」
白い手袋を嵌めた手がの頬を滑る。
ティキの顔がぐっと迫った。
「じゃあ、どうして俺はオマエを殺さないんだろうなぁ?」
吐息がの唇を擽る。
喉の奥から漏れる笑い声が癇に障った。
「殺せば?」
「……死にたくないとか言わないの?」
「お生憎様」
「イノセンス俺に取られちゃって良いわけ?」
「勝手にすれば?」
「……もしそれが『ハート』だったら人類滅んじゃうぜ?」
「仕方ないわね」
平然と肩を竦めて見せれば、初めてティキは言葉を失ったようで。
その表情には少なからぬ満足を覚えた。
「……は何のためにエクソシストやってんだ?」
「決まってるでしょ」
「?」
「食ってくためよ」
「……へ?」
間抜けな顔。
整った顔立ちをしてるだけに滑稽だ。
くすっと小さく笑みが零れる。
「とりあえずアクマ狩ってれば衣食住は教団が賄ってくれる。どのみちイノセンス
に取り憑かれた人間はエクソシストになるか、それが嫌なら教団に幽閉されるしか
道はない。死ぬまで閉じ込められるなんてごめんだわ。だからエクソシストになっ
た、それだけのことよ」
元から人間には興味ない。
多くの動植物を滅ぼしてきた人類だから、順番が回ってきたと思えば納得もいく。
「エクソシストの全てが人類愛に溢れてるなんて思わないで」
況して、望んで成った身分ではない。
ある日突然、勝手にイノセンスが取り憑いたのだ。
そうしての人生を狂わせた。
憎みこそすれ、有り難がるわけがない。
きっぱりと言い放てば、ティキはやはりくくくっと喉の奥で笑い声を漏らした。
「やっぱり俺、オマエのことが好きだわ」
の頬を包んでいた手はいつの間にか背中に回され、もう片方の手は後頭部に
回ってティキの胸に抱きこみながらその黒い髪の感触を楽しむように撫でている。
「血がつくわよ」
敵と呼んだ相手にいいようにされているというのに、が口にするのはそんな
冷静な一言で。
それがまたティキのツボにいちいち嵌るらしい。
チュっと音を立てて額にキスされた。
「……なぁ?」
「何よ?」
「ニンゲンが好きじゃないんなら、いっそのこと俺の側に付いちゃえよ?」
を見つめるティキの瞳は、それが冗談で口にされた言葉ではないことを証し
ていた。
だが。
「それは無理」
はきっぱりとその要求をはねつける。
大怪我を負って身動きもままならない身とは思えないほどに愛想もなく。無下に。
「なんでよ?」
「イノセンスがアクマを殺したがって煩いから」
ついでに私はアンタを殺したくて仕方がない。
表情を変えずに告げるにティキは再び目を見開いて。
それからゆっくりと喜びの表情へと代わってゆく。
至福と言う言葉を体現しているかのような笑顔。
細められた目には愛しさとしか呼びようのない感情が溢れている。
「」
「……なに?」
出血過多で反応が鈍くなってきたの髪を梳る。
ゆっくりと。
何度も。
「オマエは俺の『お気に入り』だからな」
子供に言い聞かせるような口調。
何故か、少し人間臭いと思った。
「他の奴に勝手に殺されんじゃねーぞ?」
「……迷惑」
「ま、連中にはクギ刺しとくけどな」
「………物好きね」
「自分でもそう思うよ」
「………ティキ・ミック」
上がらない腕を、それでもほんの数センチ持ち上げてタキシードの裾を掴んだ。
「何だ?」
「アンタも……」
「ん?」
だが、そこまでが限界だった。
次第に視界が暗くなる。
もうそれ以上瞼を持ち上げていられなかった。
「アンタは私の獲物よ…」
私に無断で殺られるんじゃないわよ。
それは声に出来たのかどうか。
相手に伝わったのかどうかも解らない。
ただ、
「りょーかい」
何度聞いてもムカツク奴の笑い含みの声と。
柔らかく冷たい感触を唇の上に感じたような気がした。
次に目を覚ましたとき、そこは光と白の世界だった。
「……眩し」
それはよく手術台の上にあるような照明の灯りだと解りすぎるほど解っている。
今まで何度も見てきたそれ。
「おや、目が覚めたね」
聞きなれた声はコムイのものだ。
いつの間に戻ってきたのかと一瞬考えを巡らせ……記憶に残っていないことを確
認してそれ以上の追求を諦めた。
「…どうして?」
「追跡部隊が血塗れの君を発見してね。処置は終わってるから安心していいよ」
「……そう」
ということは、ティキが意識を失ったを放り出したのだろう。
何故殺さなかったのか。
それは考えても無駄と言うものかもしれない。
ノアの一族の考えることなど解ってたまるものか。
「どうせ、ただの気紛れに決まってる」
「ん? 何か言ったかい?」
「別に。……眠い」
「かなりの出血だったからね。輸血はしたけど、まだ軽い貧血症状は残ってるのか
も。暫く眠るといいよ。その間に君の部屋に運んどいてあげるから」
「ん」
「リーバー君が」
「俺っすか?!」
リーバーの抗議とコムイの飄々とした応えをBGMに、はゆっくりと瞼を閉
じた。
とりあえず。
ティキ・ミックに襲われた件の報告は目覚めてからにすることにした。
多分、そんなに急ぐことじゃないだろう。
それにそんなに重要なことでもない、筈。
多分。
fin.
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突発 D-Gray Man夢。
しかもティキ・ミック。
何故。
最後にちらっとコムイが出てるのは
純然たる真逆の贔屓です。(笑)