だらだら歩いていた廊下の先にその特徴的な後姿を認めて、ほとんど脊髄反射で
彼女の名前を呼んだ。
そこに意味はない。
“Ecco ridente in cielo ”「ごらん、空が白み」
「ラビ」
俺の声に振り向いたは目を細めて人懐っこい笑顔で右手を上げた。
足を止めて、俺が追いつくのを待ってくれる。
「こんばんわ、ラビ。こんな時間にどうしたの? 任務帰り?」
「いんや。ただ単に目が覚めちまっただけさ。こそ、こんな朝早い時間に
起きてるなんてどした?」
モヤシっ子アレンと同じく寄生型のくせに、食べる量はアレンの10分の1、普
通の1人前のチョイ大盛り程度のはその代わりなのか何なのか、とにかく
よく寝る。どこででも寝る。何時だって寝てる。
司令室に行って俺やアレンがコムイを起こすのに費やす5分の間にもうソファで
寝息を立ててる。彼女が起きてるのは飯を食ってるかアクマと戦ってるときだけ
なんじゃないかと時々マジで思う。
コムイが言うには、寄生されてまだ間がないせいでの体は大食に慣れてな
く、摂取カロリーが消費カロリーを大幅に下回ってるために、体が余分な体力消
費を防ごうとしているんじゃないかって話だったが、その話の直後に自身
が「私、ちっちゃいころからよく寝る子だったんですよね」なんて言うもんだから
台無しだ。
俺の質問に、がほんの少し困ったように首を傾げた。
あ。
それだけで分かってしまうのは、自分も同じ境遇に長くいたからか。
「が起きてるのは食事か任務だけ」……今回は後者だったってわけか。
「単独?」
「神田と一緒に大昔に寂れた炭鉱を巡るツアー」
「ありゃりゃ。それはゴシューショーサマさ」
「それ、どれに対して言ってるの?」
鋭く指摘しながら笑うに「もちろん、全部」笑いながら答える俺。
そうしたらお約束どおり神田に言ってやろう、なんて意地悪をが言って、
それだけはやめてと俺は懇願する。
上辺だけの会話。
人間関係を円滑に保つだけが目的の意味のない会話。
顔の皮一枚だけの 笑顔。
知っている。
本当は、は立ち止まりたくなかった。
俺と立ち話なんかしたくなかった。
『黒の教団』にすっかり心を開いてる振りをしているだけで、本当は誰のことも
信用してないって、俺は最初から知っていた。
それでも、笑顔を浮かべるのは、如才ない会話を交わすのは、仲間を気遣ってみ
せるのは、此処しかないからだ。
エクソシストとなったに衣食住を与えてくれる唯一の場所だからだ。
だからは笑う。
だからは話す。
だからはアクマと戦う。
そして彼女も知っている。
俺がのことを知っているように、も俺のことを見抜いている。
俺が声を掛けたことに意味なんてないことを。
親しげに話していてもその実彼女を観察しているだけだってことを。
その上で知らない振りをしている。
俺がそうしているように。
まったく、なんて嫌な似たもの同士だ。
「そういや、ユウは?」
一緒の任務なら、揃って出るはずなのに姿が見えないことに気づいて問えば、先
に地下水路で待ってるはずだとの答え。
せっかちな彼らしいと笑う。
「んじゃあ、こんなところで立ち話してるのがバレたらヤバいな」
「キレて六幻で斬りかかられるかも」
「シャレにならないさ、それ」
「だね。ってことで、バレないようにさんは近道しようと思います」
「近道?」
そんなのあったのかと首を傾げれば、「リーバーさんには内緒にしてね」と子供
のように人差し指を唇の前に立ててお願いされた。
「なんでリーバー? コムイじゃなくて?」
「だってリーバーさん真面目だから、任務に関係ないのにイノセンス発動させた
のバレたら怒られちゃうし。ってことで約束ね!」
発動、の一言で何をするつもりなのか予測はついた、けれど。
そして彼女のイノセンスがどういう形態なのかも重々承知してはいたのだけれど。
言い様、傍らの窓枠をひらりと飛び越えたのを見たときは一瞬心臓が凍りついた。
「っ?!」
慌てて窓に取りついてその姿を追えば、かなりの高さを落ちていく彼女の背から
漏れ出す、光 それは即座に確かな形を作り、広がり、白い翼となって風を
捕らえた。
ふわりと、浮遊する肢体。
まるで、カミサマとやらの使いの如くに。
「 っ!」
けれど風を孕んで翻る漆黒のローブが瞬間の迷妄を払いのける。
あれは自分と同じ色。
自分と同じ、的にすぎないモノ。
白の翼を覆い隠すように広がるそれはもう一対の翼にも見える。
「……心臓に悪いさ」
色々な意味で。
そりゃあもう、本当に。
深く息をつく俺のことなど振り向きもせずに、は何の問題もなく中庭に降
り立つと、そのままそこを横切って別の棟に消えていった。
知っている。
彼女のイノセンスがどんな形なのか、どんな能力を持っているのか。
知っている。
は本当はこれっぽっちも心を開いてなんかいない。
人懐こい笑顔の向こうで冷たく冴えた目がこちらを観察しているってことも。
知っている。
俺が知っていることを、そ知らぬふりをしつつも彼女も解ってるんだと。
知っている。
知っている。
知っている……けど。
だからって心配しないで済むかというと、ソレとコレとはまったく別の話なんだ
よなぁ、という俺の心の嘆きを当然ながらが解ってるわけもなく。
「とりあえず、気ぃつけて行って帰って来いよ〜」
彼女が吸い込まれていった建物の入り口に向かって、ひらひらと手なんぞを振っ
てみた。
fin.
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そろそろ始めたいと思っているトリップ連載(になるかどうかは・・・むしろシリーズ?)の
設定のつもり。
が、どっちみちヒロインのイノセンス設定一緒なので気にしなくても良いかと思った。(・・・)