どろどろに溶かしてしまおう。
Cool Desire
「こんな時間まで何をしてるんです?」
呆れたと言わんばかりの視線の先には、彼女の上長がこの部屋では見慣れた紙
の山に埋もれている。
否、隠れている。
「や、何、と言われても……」
「も?」
「………お仕事?」
えへ?
首を傾げて微笑んで、彼の妹がした仕草ならさぞや可憐だろうが、30間近の
男がしてもの視線の温度を下げてゆく効果しか現れない。
「今、何時かご存知ですか?」
「さ〜? お仕事に夢中で全然気にしてなかったからねぇ。嗚呼、僕って仕事
熱心さんっ」
「………」
「………」
「………」
「……ごめんなさい。3時です」
「夜中の、ですね」
「はい」
惚けようと明後日の方を向いてみても、夜気より冷たい視線の前にはなんとも
無力で、コムイはがっくりと肩を落とした。
「室長」
「は、はいっ」
ふぅ、と吐き出される溜息と共に呼びかけられると、落とした肩がびくりと跳
ね上がる。
「室長のお仕事が膨大なのは理解しております。処理が煩雑なのも、緊急に決
済が必要な書類にいつも追われておられることも。もしもそれらが滞れば即座
に最前線にいるエクソシスト達の生命に関わるということも、よく存じ上げて
おります」
「いやぁ〜実はこれはお昼にサボっちゃったからで…」
「ですが」
何かにつけてふざけては周囲を煙に巻く彼の常套手段ですら、彼女には通用し
なくて。
「生き物は睡眠を摂らなければ脳の働きが鈍ります。充分な睡眠を摂らず、ボ
ケた頭で判断を誤り、貴重な“ハート”を敵に奪われる事態となったらどう責
任をとられるおつもりですか?」
「………」
「貴方の号令一つで教団の全サポート部隊が動きます。肝心な時に十全の働き
ができるよう、体調を整えておくことも貴方の責務と存じます」
の目は真っ直ぐに、コムイの目を捕らえて離さない。
視線の槍で貫き通すかの如き、理詰めの率直さには逃げ場など与えて貰えない。
彼女らしい物言いにコムイは溜息の中にも苦笑を滲ませて
「………」
「はい」
「……せめて、『生き物』じゃなくて『人間』にしてくれない?」
あまりにも、な言われ様へのせめてもの抗議には、「健康に配慮して、規則正
しい生活を心掛けるのが人間です」との応えが返る。
「もー、手厳しいなぁ」
「そうですか?」
「 ねぇ、」
「はい」
「本当に君は、僕を甘やかさないよね」
もしも彼が重大な判断ミスを犯しても、体調不良を理由になんかさせないと、
彼女が言うのはそういうこと。
コムイの身体を心配して、とか、そんな甘い理由なんかじゃなく。
その論の冷ややかさは自身もよく解っている。
そんな言葉を突きつけられた相手の心が、鋭すぎる氷の刃にズタズタになるこ
となど充分すぎるほど理解したうえで、それでも彼女はそれを口にする。
強大なAKUMAに対峙する、ここは人類の唯一の砦。
最後の希望。
甘く優しい言葉など、仲間の命を危険に晒す毒にしかならないのだから。
なのに、を振り返るコムイは嬉しそうに笑んで居て、はいつもそ
の事実に戸惑う。
人間は感情の生き物で、理性で理解していても、疲れているときに理屈ばった
冷たい言葉を浴びせられれば気分を害するものだ。八つ当たり以上の悪意で
もって、影で自分がどう言われているのか知らないわけではないし、言われて
当然だとも思っている。
けれど彼だけは最初から違っていたから。
「室長、一つお聞きしても宜しいでしょうか」
「何かな?」
「どうして室長は……」
問おうとした言葉は、いつも途中で途切れてしまう。
問うべき言葉が見つからない。
そんな状態も理知が服を着て歩いているような彼女の常にないことで、
は戸惑うばかり。
「あのね、」
「はい」
「男ってのは、単純なものなんデスヨ」
「…はい?」
首を傾げたにコムイは
「出逢った瞬間に一目惚れして、好きで好きで仕方ない女が生涯掛けた自分の
仕事を理解して後押ししてくれるんだもん、嬉しくないわけないでしょう?」
ほんのり赤く染めた頬を緩ませて、笑った。
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Cool Desire