デンライナーの朝
デンライナーの一日は6:30に始まる。
「あら、おはようございますさん」
「おはよ、ナオミさん」
寝起きのまま、洋服だけ着替えたが食堂車へ入ると、カウンター式
のキッチンの向うで食事の用意を今まさに始めんとするナオミから声が掛
かり、は出しかけた欠伸を全力で押しとどめてそれに応えた。
「毎朝早くから大変ですね、ナオミさん」
いつも一番に起き出して食事の支度を整え、夜は片づけを終えてから寝む
彼女を気遣うが、ナオミの返事はいつも同じ。
「そんなことないですよぉ?」
それに夜は、ここ片付けちゃったらすぐに寝ちゃいますし。
にっこり笑って言われてしまうと、それ以上言うことも出来ない。
仕方なしには曖昧な笑みを浮かべてそそくさと浴室車へ向かった。
7:00AM.
軽くシャワーを浴びて食堂車まで戻ってくると、今度はナオミだけじゃな
く、ハナもいた。彼女は既に身支度は万全らしい。
「さんは、まだ寝てるんですか?」
「あー、うん。そうかも。部屋違うからわかんないけど」
「そろそろ朝ごはんの時間なんですけど、どうしましょう?」
「私、起こしてきましょうか?」
「あ、いいよいいよ。子供じゃないんだし、自分で起きてくるでしょ」
勢い良く立ち上がったハナをが慌てて止めたが、
「どーせバカモモたちを起こさなきゃなんないんだし、ついでですよ」
と、男前に笑って行ってしまった。
…………30秒後。
「起きろっ! このバカモモー!!!」
「うぎゃー?! 蹴るんじゃねーよこのハナクソ女ぁ!!」
……えーと。
「あー、はじまりましたねー」
「……いつものことなんだ……ハハハ」
ご愁傷様。
どこかでチーン、と金属音が響いた気がした。
「まったく、あの二人も毎朝よくやるよね」
「あら、ウラタロスさん、おはようございます」
「おはよう、ナオミちゃん。さんも」
「おはよ、うらたろー」
ヒラヒラと手を振ると、ウラタロスが渋い顔をした。
ごつい顔は全く変わらないのに、どういうわけか表情が判るのだから不思
議だ。
「……さん、何度も言うけど、僕の名前はウラタロ」
「それにしてもハナさん遅いですねー。いつもはもうとっくに3人並んで
ここに戻られてるのに」
「そういえば…」
「いやだからナオミちゃん、僕の台詞遮らな」
「あー、私そろそろ起こしに行かなきゃ」
「………さんまで。わざとやってない?」
「ないない。細かいこと気にする男はモテないよ、うらたろー」
「だから僕の名前は」
「ウラタロス! こっちにリュウタ来てない?!」
どたどたと足音も荒く駆け寄ってきたのは言わずもがな、ハナ、モモとモ
モに担がれたまま未だに寝こけているキンで。
再三台詞を遮られたウラタロスはがっくりと肩を落として溜息をついた。
「? どうかしたのかよ、亀の奴」
「……なんでもないよ、先輩」
「りゅうたろーはまだ来てないよ?」
どうかしたのかと問えば、寝てる筈のリュウタロスが部屋にいない、との
答え。
「りょーたろ君のトコじゃないの?」
「いや、良太郎のところにはいねぇ」
「どこ行っちゃったのかしら。お風呂にもいないからここだと思ったんだ
けど…」
個室にも食堂車にも浴室車にもいない、となると、あと探していない場所
は……
「……まさかとは思うけど」
「いや、わかんねーぞ。あのリュウタだ」
「…まぁ、随分懐いてはいたよね……」
「あー…ま、も懐いてるし、お互い様?」
「大変!!」
血相を変えたハナを筆頭に、一行は足音も高く寝台車へと向かった。
7:30AM.
Pi.pipipi,pipipi,pipipi,pipipi,pipipi,pipi…
「うー…」
布団の中から伸びた腕がぽて、ぽて、と目的の物を探して彷徨う。
と。
「うるさいなぁ」
パコッ
軽い音とともに音が止んだ。
「ン…ありがと…」
「ん〜ん」
…………。
…………。
…………。
…………。
「……………………………………………………ぅん?」
違和感にぱちりと目を覚ましたの目の前は、何故か真っ黒。
いや違う。
紫だ。
それも相当濃い。
「…っておい?!」
がばりと起き上がれば、予想通りに深い紫に全身彩られたやたらごつごつ
した造りの『身体は大人、頭脳は子供』が同じベッドの上に横たわってい
た。
「も〜、なに? まだ眠いよ、僕」
「リュウタ?! 何でここにいるの!!」
「なんでって、僕がと一緒に寝たかったから」
そんな無邪気に言われても…
「っていうか、どうやって入ったの?」
「だって、鍵開いてたし」
「え? あれ? 鍵掛け忘れてた、私?」
「うん」
「そっか…それなら仕方ない…か?」
「そんなことどうでもいいじゃん。もうちょっと寝ようよぉ」
ほらほら、と手招きされて、それも良いかとベッドに再びダイブしかけた
の、だが。
ドンドンドンドンドン!
「さん、起きてる?! 開けますよ!!」
激しくノックされたかと思えば、間髪入れずに引き戸が開けられて狭い個
室に一気に人が溢れた。
「やっぱりいやがった!!」
「きゃあああああ!!! アンタ何やってんのよリュウタ!!!」
「ちょっとリュウタ、僕を差し置いてそんな羨ましいことしないでよ」
「へっへ〜。いーでしょ、亀ちゃんにはあげないよっ」
「いや、私モノじゃないし。っていうか、羨ましいって何」
「あらあらあら、さん大人気ですねぇ。おはようございます」
「あ、おはよう、ナオミちゃん」
「良いよ、僕はどっちかって言うと、さんの方が好みだしね」
「私のベッドに潜り込んできたら撲殺するよ、エロ亀太郎」
「いや、だから僕の名前はウラタロスだって」
「こぉら亀公!! 朝っぱらから何盛ってんだお前は!!」
「ヤダなぁ先輩、盛ってるなんてそんな品のないこと言わないでよ。僕は
単に自分の好みを表明してるだけ」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
「あ、ちゃんおはよー」
「おはよ。朝っぱらから災難だったね」
「あははははは」
「っていうかと! お前らなに暢気にしてんだよ! 女なん
だからもっと恥らうとか焦るとかしろ!!」
怒鳴りつけられたとはきょとん、と目を瞬かせた後、二人目
を合わせて……首を傾げた。
「恥らうっても…ねぇ?」
「焦るって…ねぇ?」
何で?
二人して尋ねるとハナもモモもウラも一瞬ぐっと言葉を詰まらせた。
「ねぇ、ももたろー、なんで?」
「っ、そ、それは、あれだ!」
「ハナちゃん、なんで?」
「なんでってさん! もしも間違いがあったらどうするの?」
間違い。
この場合の『間違い』とは、いわゆる男女間の…ムニャムニャ…を指して
ることは確かだろう。
確かに子供子供してるとはいえ、身体は大人なリュウタロスは男だ。
そしては妙齢の未婚女性である。
その心配は、わからなくもない。
というか、常識的といえるだろう。
が、しかし。
「えー……質問」
ぴょこ、と手を挙げたのは。
「はい、さん」
教師のように彼女を指すウラタロス。……中々ノリが良い。
「基本的なことなんだけどね……そもそもイマジンって『間違い』を起こ
せるものなの?」
果たして答えは如何に?